意拳浅談

意拳/大成拳を研究しています。翻訳は意訳です。

意拳名家論文

站樁之神意(『大成伝習録』より)

站樁をどのように行うのか? 站と站には千差万別の違いがある。今、私が松になったのを見てもらったが、もう一つ、神が出てきたらそれも正しい、神を意識するだけで良い。神に対して、身体は松である。もし神がこの位置にいれば、放松して、神を顕現させる。…

意拳(大成拳)詞彙詮釈(『意拳詮釈』より)

1、抱間架与間架結構 拳学において「抱住間架」または「抱着間架で進む」などの言葉がよく見られる。その間架とは、手、手首、肘、腕、肩の相対的な空間的構造の位置を指し、頭、顔部とその整体との関係も含まれる。抱住間架とは、上記の間架が頭部と協調し…

意感、動感和力感(『螺旋宝塔—崔瑞彬五十年体認如是説』より)

松緊転換の問題は、前に述べた「一想即止」と本質的には同じことである。王老師は「『動静』という二文字は研究すると終わりがなく、行えばさらに複雑になる」と述べている。動静がそうであるように、松緊もまた然りである。 恩師は「意拳は站樁を基本功とし…

大成拳試力心法30問(『以拳演道:大成拳精華』より)

大成拳の試力は、愛好者にとって非常に悩ましい功法である。外形だけ学んで使い方がわからず、ゆっくりとした体操のようになってしまう人もいれば、この過程を完全に放棄して、直接站樁と操拳と歩法を練習する人もいる。その結果、前者は試力が站樁と発力の…

如何正確調動運用本能力(『以拳演道:大成拳精華』より)

極緩の功は試力である。我々は、どんな拳法を会得し、どんな力学の知識を掌握していても、最も根本的な制敵の要因は第一に力が大きいことであり、そうでなければ、あらゆる技巧は無源の水と化す。そして力を増す法は皆、外力の刺激を借りねばならない。正に…

精神力量的培养(『意拳:中国現代実戦拳学』より)

技撃を学ぶには、まず培養すべきは大無畏の精神、我に敵なしの必勝の信念、勇敢果断な意志力、そして坦々とした胸襟と豪邁な気概であり、これらすべてを精神力量の培養と総称する。技撃の練習に従事する人でよくあるのは、自分で純粋で深い技術と体力などの…

如何正確認識本能力(『以拳演道:大成拳精華』より)

「站樁は一体何の妙用があるのか?」 「站樁の練習は、一種の整勁、つまり身が到り歩が到り、躯幹で四肢を帯動する整勁を養成することができる」 「しかし、この種の整勁は完全に動態拳技から得ることができる。国内の通臂拳や螳螂拳、また国外のボクシング…

力学原理(『意拳:中国現代実戦拳学』より)

意拳は現代科学を理論的基礎とする。意拳を研習するには、人体力学の深い探求から離れることはできない。周知のように、意拳の功練者は初心者であれ上乗の拳家であれ、外気を放つことはなく、特異な功能もない。いわゆる「空勁」で人を打つなどというのは、…

点、面、線法則(『意拳:中国現代実戦拳学』)

推手訓練と研究において、節、点、面、線の諸法則は不可欠である。 まず「節」の概念について説明する。両腕を例にすると、上腕が根節、前腕が中節、手首までが梢節となる。力の伝達は根節から中節を経て最後に梢節に至る。推手では中節、つまり前腕が対手と…

弁証原則(『意拳:中国現代実戦拳学』より)

拳術は科学であり、理論から実践への科学的検証に耐えうるものである。近年、我が国武術界には、神拳、刀槍が通用しない、壁を通して人を打つなどの反科学的な宣伝が現れているが、これは邪な風潮で左道の旁門であり、遠からずして滅びるであろう。一方で、…

勢(『大成伝習録』より)

現在の太極拳の大部分は理を講じ、理の上で法を講じている。良いものは法の上で理を講じているが、これらはどれも違う。理と法は、勢の上で講じなければならない。勢こそが主体である。なぜなら、本当に敵と対峙する時には緩急の変化があり、もし勢を講じず…

大成拳的自然力(『大成拳精典探秘』より)

中国の拳術は博大精微で、拳術に特有の力の獲得方法は様々であり、その力の描写の仕方も一様ではない。例えば少林拳の「寸勁」、形意拳の「整勁」、太極拳の「爆発力」や「弾勁」など、大成拳においては、立樁と試力を通して得られるのは本能から出た自然力…

姚承光先生談意拳基本功

1、養生樁は独特な点がある。養生樁は意拳の基礎樁法であり、精神假借と意念誘導を採用し、人体と大脳に非常に良い休息式の鍛錬をさせ、軽松、愉快な精神状態に入らせる。さらに神経筋肉の鍛錬を通じて、身体の新陳代謝と血液循環を促進し、腰の筋肉の損傷、…

姚承光先生談父親姚宗勲先生

姚師が言うには、姚老は磨難を経て、80年代初めに数年間学生を集めて訓練したが、ちょうど効果が出始めたところで早すぎる他界をとげてしまい、その偉大な志は果たせなかったという。姚師は宗勲先生の遺志を継承し、姚老が世を去ってから33年が経っても、初…

姚承光先生の著書『意拳推手 独特的搏殺技術:兼駁意拳推手無用論的観点』

意拳の推手技術は非常に独創的で独特であり、完全に実戦に立脚している。 意拳の宗師である姚宗勋先生はかつて、推手は散手の不足を補うものだと述べた。意拳の推手は散手への過渡期であり、推手は散手に奉仕するものであり、推手の水準の高低は散手の水準に…

姚承光先生の著書『生命不息 奮斗不止:回憶跟父親姚宗勲先生強化訓練的日子』

1981年に、姚宗勲先生は北京市体委体育科研所と協力し、意拳の養生理念と精神仮借、意念誘導の原理原則を用いて、競技選手の競争成績と体力回復、競争中の精神的・心理的調整などの一連の現実的問題について、約三年間の探索と研究を行った。 体育科研所との…

姚承光先生の著書『把握実質不懈追求:姚宗勲先生関于薌老在站樁時摸索渾円力的見解与創新』

1937年、姚宗勲先生は20歳の時に王薌齋先生に師事した。当時、薌老は教学において、自悟苦練と実戦を結びつける原則を採用し、基本功の站樁において、最初から拳術の渾円力を探る鍛錬方法を貫いていた。当時、姚宗勲先生は、薌師の功夫はすでに爐火純青であ…

涂行健先生の著書『論推手』

意拳の推手は40年代初めに発展した技芸である。当時、王先生は北平の中山公園で拳を教えていた。裕福な人や年配の人たちの班があり、王先生から拳を学んでいた。この班は王先生の主な収入源であり、無視することはできなかった。拳を練習して一定期間が経つ…

早年王金銘先生給馬衛星老師的信(4)

(七) 衛星へ 前半部分の体会は正しく理解されています。養生樁は、形を動かせば力が動き、内を動かせば意が動くことがわかります。総体的には、全身の放松と力が争い不動であることが求められます。まるで空から自分の頭頂(百会穴)の髪にひもが吊り下げられ…

早年王金銘先生給馬衛星老師的信(3)

(四) 衛星へ こんにちは。 手紙を受け取りました。 このお手紙で言及された方々と同志にはすでに適切に伝えています。前回のお手紙は受け取りましたが、特に要求がなかったので返信はしませんでした。 ここで少し学術的な問題について話しましょう。例えば、…

懐恩師姚宗勲先生:崔瑞彬採訪録(4)

筆者:今、多くの意拳を練習する人は、王老師に会ったことがなく、ただ聞いたり、文章での表現を見たりするだけで、いわゆる王老師が搭手しただけで人が飛ばされるその力、そのものを追求し、それを喜んで話題にしています。先生はこの現象をどう見ています…

早年王金銘先生給馬衛星老師的信(2)

(二) 我々は、大成拳の練習によって一種の整体力、いわゆる「松中力」を養成できることを知っています。必要な時には、全身各部の力を瞬時に指定された方向と地点に集中させることができます。また、身体の内外で損傷していたりや過度に疲労している箇所を局…

緬懐恩師姚宗勲先生:崔瑞彬採訪録(3)

筆者:今、多くの人が次のように話しています。姚先生は当時王老に三年師事しただけで功を成しましたが、なぜ先生の代になると同様に到ることができないのでしょうか? 崔先生:この問題について、姚先生は私にこう言いました。「瑞彬、君は今の私とあの頃の…

早年王金銘先生給馬衛星老師的信(1)

(一) 意拳浅論 意拳は王薌齋先生が太極拳、形意拳、八卦掌、少林拳など各流派の中国拳術の長所を取り入れて創り出した一種の拳術であり、理論と実践の両面において独自の特徴を持っています。一定期間の練習を経ることで、人の身体の健康と技撃の水準に大き…

緬懐恩師姚宗勲先生:崔瑞彬採訪録(2)

筆者:先ほど站樁で渾円力を求めるには過程が必要で、一つ一つ探していかなければならないとおっしゃいましたが、一度で渾円力を見つける方法はないのでしょうか? 崔先生:あります。しかし、その基礎を備えていなければなりません。1981年の秋のある日曜日…

緬懐恩師姚宗勲先生:崔瑞彬採訪録(1)

1985年1月11日、一代の意拳宗師である姚宗勲先生が病気のため他界されました。あっという間に20年の歳月が流れ、かつて武林の中で非難を受けていた意拳は、今や独特の風格と内容によって、国内外の多くの武術愛好家から愛され、推奨されるようになりました。…

窦世明先生の著書『意拳的守中用中』

推手は揉手とも呼ばれ、意拳の平時の站樁、試力、発力、走歩、試声などの練習の具体的な検証であり、また技撃実戦訓練の一種の形式でもある。実戦では両手、腕、腿およびさまざまな部位が接触しなければならず、接触する部位を点と呼ぶが、点の接触を通じて…

「争力」乃不伝之秘:須自抽象中求

人生ほとんどの時間は動的状態にあり、動作があれば必ず筋肉に関係する。筋肉には随意筋と不随意筋の二種類があり、不随意筋は精神的影響を受けるが大脳から直接指揮されるわけではない。普通の動作で使われる筋肉は主に随意筋である。 しかし意拳の練習では…

解析意拳龍虎二気(『神州意拳』より)

龍虎二気は意拳体系の中核をなす内容であり、王薌齋先生が極めて重視した拳学修練の法であるため、先輩は「拳法は龍虎二気以外にはない」と言われた。では龍虎二気とは何か、その具体的な修練とは何か、人体においてどのように体現されるのだろうか? 「龍虎…

姚承光先生谈意拳散手

1、意拳散手と現代散手の違いは主に勁力と打法の違いである。意拳は精神意念の訓練を採用し、全身の各部位の肌肉神経がよく鍛えられ、十分に協調できるようになり、それによって大きな力量を発揮できるようになる。また、神経の訓練を重視しているため、打闘…