意拳浅談

意拳/大成拳を研究しています。翻訳は意訳です。

武術(うーしゅう)1997年秋号

意拳太気拳浅考--多くの誤解と歪曲された試合エピソードを解きほぐす

  • 登場する先生
  • 内容
    • はじめに
    • 北京との関係
    • 意拳太気拳浅考
    • 尚雲祥、孫禄堂、霍慶雲、陳発科と、王薌齋のエピソードの真実

印象に残った言葉

王先生は亡くなる一年ほど前によく『私は拳の力はある程度わかったが、しかしどう教えればよいのかいまだにわからない。言えることは、私の形をまねするな、私の勁力を学ぶとれ、と言う事だ』と言われていた(朱堯亭)

四十年代の意拳形意拳色が濃かった(姚承栄)

王先生の打ち方は今のそれとは大きく異なり、サンドバッグ打ちもやらなかった(李見宇)

では澤井先生が言われた"気"とはどういうものだったのか、私の理解では「まったく頭で考える事なく無意識に正確に瞬時に動く一種の自動反応」の力であると考えている。この自動反応には防禦の場合もあるし、攻撃の場合もある。そしてこの自動反応こそが、意拳の求める"本能力""一触即発"である(佐藤聖二)

姚先生は常に「意念は活用するものであって固執するものではない!」と言われていた(佐藤聖二)

澤井先生も「這う時は地球を引っぱるように、山を全身で押すように」と常に比喩や例えを多く言われて感覚を作ることを大切にされた(佐藤聖二)

また、太気拳の名前の由来に関し、朱堯亭先生は「王先生はよく『"大気の呼応"(大気と人体の応答)が大切であり、これがまさに自然の力である』とも言われていた。澤井師兄が太気拳と名付けたのはこの意味からだろう。太気と大気は異なる文字だが昔は同じ意味であった」と言われていた(佐藤聖二)