意拳浅談

意拳/大成拳を研究しています。翻訳は意訳です。

技撃樁在無限空間的意念活動(『意拳的奥妙』より)

技撃樁で立つ際には、かかとをわずかに上げ、周身に「神光」が旋回すると想像する。触覚を感じるとすぐに緊かつ張となる。松緊は波浪のようで、上下の枢軸は曲折し、百繞重線となる。撐裹鑑漲は身体から宇宙へと張り巡らせ、六面の争力が螺旋を形成する。巨大な風が木を巻き上げ、地から飛び立とうとするように、「神光」の網が上下縦横に交錯し、錯綜する。「神意」が一度交われば、天羅のように、何一つ逃がすものはない。上下、前後、左右が天地と争い、平衡と均整の渾円力を形成する(図16)。

「神光」は旋回し、その速さはローラーのようであり、その速度はあらゆるものを超えている。筋肉は激蕩し、力は火薬のようで、手は弾丸のようである。この精神假借によって、全身に蛇が驚いて変化し、火が身を焦がすような急激な感覚が生じる。この状態を引き起こすことで、自身の反応、速度、力量が驚異的な水準に達する。

この意念活動は、前述の養生桩における「神光」旋回の基礎がある場合にのみ、行うことができる。虚幻を避け、宇宙の無窮力を假借して現実に変える。「発力」では、「神光」の旋回が生み出す波の松緊の鋒棱を意念中で利用する。

「神光」の超速旋回は、渾元から無我までの自身と周囲の立体空間との間の矛盾と円融を構成する。波の鋒棱は微細な角度から徐々に体感する。AとB、CとD、EとFの各二点間は方向上は相反するが、全体としては調和している(図17)。

この図は、簡単で明確にするために、一つの平面と一方向(時計回り)のみを示している。しかし、この意念活動は実際には、立体的な座標上で全方位に時計回りまたは反時計回りでの旋回を行う。そのため、全方位の矛盾と円融がある(図18)。

しかし、敵に遭遇した時、目的なしに行動してはならず、無形で機と変を暗中に隠し、刹那に注意を払い、正側の攻守には、少しの虚も許されない。

これは技撃樁における無限の空間での意念活動である。意拳の宗師、王薌齋先生の放人は絵を掛けるようで、打人は皮の球を叩くようである。その力量と速度の入化境界は、技撃樁のこの訓練段階を経て達成される。

彭振镝編著『意拳的奥妙』北京体育学院出版社より