意拳浅談

意拳/大成拳を研究しています。翻訳は意訳です。

歌訣(『意拳正軌』より)

歌訣は拳術の精粋である。その意を深く理解し、その理を究め尽くせば、自ずと道は得られる。

心は通じ、意は三昧、精は堅く、気は安らか、神は生き生きとしている。これが技を学ぶ五大要素である。
渾噩が身を貫き、形あるものみな散じることなく、拳が出ること流星の如く、手が変わることは稲妻に似る。
舌を巻き歯はさらに合わせ、舌は肉の梢であり、肉は気の袋である。舌を巻けば気は降り、気海に注ぎ、腎気に引き入れられ丹田に入る。歯は骨の梢であり、合わせれば骨は堅くなる。頭は吊るすが如くであり、頭は六陽の首であり、五関百骸は代わることできない。頭を吊るせば、三関九竅(訳註:練丹術の用語)は通りやすくなり、白雲朝頂(訳註:気が上昇すること)となり、霊光が頭上にかかる。これは禅学の要素である。
両目の神光は輝き、精光は収縮して鋭く尖り、鼻息と耳は収斂し、心目は内は視る。鼻で長く吐いて短く吸い、耳目心は視るは収、聞くは反を用いる。腰が回るは滑車のようであり、足が進むはドリルのようである。これらは全て提淌(=滴る)裹扒縮、旋滾(=転がる、沸き立つ)锉(=やすりで研ぐ)兜擰、動静の力を用いる。
手足の指は抓の力で、毛孔は稲妻のようであり、指は筋の梢であり、合わせると自ずと充ちる。全身の毛髪は血の梢であり、血は気胆である。毛髪が立たなければ、血は充ちず、血が満ちなければ気は振れず、気が振れなければ力は実とならず、実とならなければ戦う力は失われる。