意拳浅談

意拳/大成拳を研究しています。翻訳は意訳です。

混元樁(二)(『拳学新編』より)

立勢より始め、立勢は安定して立ち、足は左右に展開し(横歩)、膝を曲げて身は騎馬式とする。両手を高く挙げ(=提)、骨肉と筋肉絡を平行にのびのび(=舒展)とさせ、気血は川流のようである。この樁功は、気を通りやすくして力を増やし、筋肉を温養し、神経を訓練し、すべての細胞を活動させる。立つ際は、以下の点に注意する:

「歩」:横歩で足を開く時、両足先は前に向けて平行に合わせ、前後に差があってはならない。その距離は、各人の足の長さに応じて計算し、両足先の間隔は約一尺七、八が適している。胯を開き膝を曲げ、しばらく静かに立ち心身を安定させてから両手を挙げる。

「膝」:胯を開き、膝を曲げる。騎馬の姿勢は低く、高くならないようにする。腰を下に座らせ、胯を後ろに引き、臀は前に巻き込み(=裹)胯は外に張る(横撑は平を要する)。両膝を合わせ、外を支える(=撑)力を持つ。膝盖骨は力の発生と動用が体認しやすく、膝骨から足の甲まで、足の甲から膝にかけて上に支える(=上撑)力がある。また、直立を欲し、足の甲と膝が縄で結ばれ、どちらも開けない意がある。膝骨の上部は、上に引き上げる(=提)力を持ちながら、下に座る力を持つ。同時に、大腿と小腿の筋肉には互いに集める力があり、一方で支える力もある。これらの力量は自然に生じ、相等相乗で、これを争力と称する。習拳において功夫が一度到れば、この力動や情形を自然に理解できるのであり、説明するのは非常に難しい。

「腰」:人身の上下の四肢の運動の中枢であり、全身の中線の所在であり、重心に関わるところである。腰背が湾曲することは最も避けるべきである。頭は直に、肩は緩ませ(=松)、胯は座る(臀は前にはしてはならない)、そうすると腰は直になり、上下は一気に霊通する。

「手」:両手を高く挙げ、意は筋肉を伸展させるにあり、左右の肩の方向に従い、左右に伸張させる。両手は前に僅かに抱え、肘を曲げ、腕は押さえて(=按)、五指を開いて上に伸張させる。この手の勢は、站桩の基本的な姿勢である。両手の姿勢が何であれ、筋肉と骨は均く平行に伸び(=舒展)、ねじれる(=拧裹)力がない者は、この樁に求められる。

「托式」:両手を高く上げ(=提)、心窝と平行となる。掌心は天に向き、指先は向かい合う。両腕は環垂となる。

「按式」:両手を臍の前で持ち上げる。親指は臍に向け、掌心は地に向き、指先は向かい合う。両腕は環垂となる。(上記の両式において、托式では小指を、按式では親指を、体から四寸離す。両手の指先の距離は三寸とし、近づけてはならない)

「推式」:両手を高く挙げ、前方に平らに伸ばし、その後指先を向かい合わせる。掌心は外に向き、肘と手首は平行にし、形は弓のように曲がる。

「抱式」:両手を平らに伸ばし、掌心を内側に向け、指先は向かい合う。手首と肘は平行にし、形は鼓を抱えるようである。

「提式」:両手は下方に垂れ、肘はわずかに曲がり、指をわずかに曲げて物を持ち上げる(=提)ようである。

「举式」:両手を頭の上より高く挙げ、肘はわずかに曲がる(頭部に密着してはならない)指先は向かい合い、掌心は天に向ける。五指は近すぎてはならず、適切に離すことで、その活と力を得る。各指は曲がり(=卷曲)、掴む(=抓)ようであり、引っ掛ける(=鈎)ようである。虎口は撑円で、指先は引き込む(=斂)。掌心は内に吸い、物を持ちながら落とすような意がある。掌心は力を吐き、指は外に拡張する。柔らかい糸で縛られているかのように伸展できない意がある。このような神情(これも争力の妙用である)は同時に存在し、自然に現れ、その妙を得る(どのような樁法であれ、形式は常にこのようである)。