意拳浅談

意拳/大成拳を研究しています。翻訳は意訳です。

意念活動的内容(『意拳養生法』より)

意拳養生樁の意念活動の特徴は、「精神假借、意念誘導」である。

「精神假借」の「假」は假想の意味で、「借」は借用の意味である。練功時には思考活動を通じて、一種または複数の事物を假想し、それを借用して、自身と一定の関連を持たせる。これが「精神假借」である。假借物は、思考想像を通じて昇華された客観的な事物である。

「意念誘導」は、有機体を作り出し、假借物に接触する実物感を引き起こす思考活動である。「精神假借」と「意念誘導」は同時に行うべきである。

意拳養生樁の練習過程は、假借物に接触する舒適の感覚を体験する過程である。この感覚は生理機能が意義ある改善を遂げることを基盤としている。

例えば、抱樹の假借意念活動では、功中には天の宝樹を抱くという意念を持ち、誘導を通じて、確実に適当な剛柔で、適切な温度の宝樹を抱くようになる。徐々に樹と一体化し、樹が動けば自分も動き(微動を指す)、動に似て動に非ず、誰が動くか分からない、自己陶醉の中に引き込まれ、「綿々として酔ったような、迷ったような」状態に入る。自身に舒適で愉快な、計り知れない変化を感じる。完全に深い境地に身を置き、一切を忘れる。この時、良性の意念活動とそれによって引き起こされる美しく舒適な感覚は、すべての不良な情報の干渉を断ち切り、自身を支配し、苦しみがなく、喜びだけがある。無意識のうちに病気は回復する。以下、いくつかの假借意念の内容を紹介する。

抱球意念活動

適切な姿勢を取った後、自分が中くらいの大きさの風船を抱えていると想像する。力量は大きすぎても小さすぎてもならない。大きすぎれば風船は破れ、小さすぎれば風船は飛び去る。風船を抱え、破らず飛ばさないようにする。同時に、空気が一種の圧力をかけていると想像し、常にそれに抵抗する。このような意境で、球を抱く感覚を味わう。注意することは、必要以上に抱に執着しすぎてはならず、また緩みすぎてたるんではならない。整体が動いているようで動いていない状態で体験する。

抱樹意念活動

この意念活動は、上述の訓練の基礎の上で行われ、訓練部位を増やし、広範囲に自己の変化を体験することを目的とする。実際には、球を引き伸ばすだけでよいが、より具体的にするために、私たちは樹を抱くと想像する。神を養うために、樹を高く、美しく、古く、たくましいと想像する。この意念活動では、筋肉の松緊の変化を通じて、樹に触れる部分が実際に樹を抱いている感覚を持ち、誘導によって自分と樹を一体化させる。この状態で、宝樹が風に揺れるのを想像し、自分も受動的に揺れる。次に、自分の微動が樹を動かし、最終的には樹が動いているのか自分が動いているのか分からなくなる。この時の動きは調和して統一された微動である。大動は必要ではなく、動に似て動に非ず、「動きたいと思いながら止まり、止まりたいと思いながら動く」ことが必要である。動くべき理由はあるが、動く結果は避ける。

水浮的意念活動

自分が適度な温度の水の中で意拳養生樁を練習していると想像し、体の各部が水と接触している感覚や、全身が水に浮いている感覚を体験する。この浮遊感は、肢体だけでなく五臓六腑にも感じるべきである。一般的に、この意念活動は全身を放松させるのに理想的な効果があり、初心者はこの意念活動を使って誘導することができる。

搭扶意念活動

自分が地面を踏み、腕を虹にかけていると想像する。軽松愉快で、全身の筋肉が雲の中で浮遊していると想像する。これは「放松」を訓練するのに理想的な意念活動である。

踹水意念活動

自分が適度な温度の水の中に立っていると想像し、水流が脚に触れて、水の阻力を感じる。この練習は徐々に深くし、自分の功夫と体力に応じて調整する。初めは水が脚までしかないが、徐々に胸まで達する。さらに泥水の中を歩くことを想像し、主に下肢の訓練と知覚能力を養う。ある程度の基礎ができたら、足で泥水を踏み、手を逆流で動かしながら上下肢を訓練する。

踩棉意念活動

自分が柔らかく厚い綿の上を踏んでいると想像し、脚の下の綿との接触感を体感する。意拳養生樁を長時間行った後、足の裏がしびれて不快になった場合、この意念内容で調整することができる。さらに、両脚が流れに沿って動く二つの木板の上にあると想像する。これらの板は急流の中で上下左右前後に不安定に動き、私たちは足でこれらの板を控制し、平衡しようとする。急流によって再び平衡が破れるが、私たちは再び調整して平衡する。これを繰り返し訓練する。これは平衡の掌握を鍛え、下肢を強化するのに非常に有益である。高齢者がこのように訓練すると、上実下虚の状態を改善することができる。空気中の漂動意念活動によって水中の漂浮感を十分に体験した後、無限の青空の中で意拳養生樁を練習していると想像し、自身と空気の接触感を体験する。自分は微風に合わせて軽く揺れるようにし、空中の旗のようになる。これは自身の微妙な感覚を訓練し、協調された動きを鍛えるのに良い方法である。この動きも微動であり、大動は不要である。

抽絲意念活動

両手の間に糸のようなものがあると想像する。これはある程度の弾力性を持っているが、力量が大きすぎると簡単に切れてしまう。両手を外側に引っ張り、糸を切らせずに緩めてたるまないように続け、この感覚を体験する。さらに、手と足、足と頭、手と頭の間にもこのような関係を持たせ、その感覚を体験する。完全な訓練では、体の各部がこの感覚を持つことが求められる。この感覚は、全身の筋肉が協調して動いていることを示している。これは「整勁」を求める方法である。

外挂意念活動

この意念活動では、自分の両手が無限に遠い高山峻嶺や天辺の巨大な物体に引っかかっている(=牽掛)と想像し、それを引き寄せてから推し出すことを繰り返す。最初は大きく動かず、引っ張って押しても動かないように想像し、不動の中で動を体験する。実際の引き寄せ(=牽拉)を感じた後に、大きく動く。大きく動く時も、この特殊な感覚を持ち続ける。徐々に全身と外界とのつながりを感じ、感覚が弱い部分を同じ方法で強化する。この訓練は、本功法の上級の訓練内容である。王先生が言うように、「自身に皆備わった後に、外に求める」である。これがその訓練方法を指している。

晏耀輝『意拳養生法』人民衛生出版社より