人間の潜在能力を開花させる武術の稽古とは
- 登場する先生
- 甲野善紀
- 光岡英稔
- 内容
- 特別対談
印象に残った言葉
より正しい位置関係で、正しい意識の状態で動くことを師の接触による指導を通して学んでいきます。そして站樁によって求めてゆくものの中でも特に重要だと思うのは、プロセスとその結果という因果関係の理解と、站樁に入るまでのプロセスの正確さですね(光岡英稔)
ですから、站樁は見た目に同じような立ち方をしていても、その形に至るまでのプロセス如何によっては結果としての站樁の形の中身が全く違ってくる可能性があるわけです(光岡英稔)
正しいプロセスで入った形を、決して固定した状態では無く、きわめて微妙な動の状態のまま保ち続けていることが出来れば、自然と体のさまざまな変化に気づくことができるでしょう(光岡英稔)
物凄く細かい運動が、一見停止しているかのように見える中で起こっているのです。自然な状態、つまり筋肉の緊張でも弛緩でもない状態で居続けることでそれが起こるのです(光岡英稔)
站樁は時に拘束的な、厳しい鍛錬といった見方もされますけど、実は自分にとっては最も自由な、もともとあるべき姿を求めているのです(光岡英稔)
(一形一意について)これは意識や心の働きが、同時に体の動きになるということで、感覚と実体がタイムラグ無く動作するとことです。それが意拳で言われる"整体"の本来の意味です(光岡英稔)
站樁功の秘密
- 登場する先生
- 于永年
- 内容
- 于永年先生へのインタビュー
- 著書『站樁』の一部和訳
- 練習の五段階
- 第一段階(放鬆活動)
- リラックスして立つ
- 第二段階(鬆緊活動)
- 特定の筋肉だけに力を入れる
- 第三段階(連接活動)
- 複数の筋肉に同時に力を入れる
- 第四段階(扽筋活動)
- 複数の筋肉を連携させて力を入れる
- 第五段階(牽掛活動)
- 全身の筋肉を自在に操る
- 第一段階(放鬆活動)
- 練習の五段階
印象に残った言葉
あなたの力は、うどんのようにバラバラだ(于永年)
私は王薌齋先生の言うとおりに練習しているだけで、いつの間にか力が出るようになりました。その理由をずっと考え続けて、自分なりの結論が出ました。それは工作筋と休息筋の問題です(于永年)
動いてしまうと、内部の経過を感じとることがむずかしくなってしまいます。発勁と言うのは高度で微妙な身体の運用ですから、最初から動かすと自分なりの習慣で行ってしまい、正しい発勁にならないのです。だから、まずは動かないで筋肉の使い方だけを学ぶのです(于永年)
気功や他の武術にも站樁功はありますが、ただ放鬆するだけのものがほとんどです。放鬆するだけでは、眠っているのと同じです(于永年)