意拳浅談

意拳/大成拳を研究しています。翻訳は意訳です。

格闘Kマガジン2001年1月号

拳聖澤井健一太気拳

  • 登場する先生
    • 佐藤嘉道
    • 高木康嗣
  • 内容

印象に残った言葉

澤井先生にできないことはなかったんじゃないかと思いますね。射撃はうまいし、ナイフや手裏剣なんかもやりますし、武道全般、一通りのことはできました。もともと柔道をやっていたんですが、軍隊に入ったら剣道もやらなきゃならないし、それから中国で王向斉に就いて、素手の武術も本格的に始めたんです(佐藤嘉道)

(ボクシングにカウンターを合わされたことを澤井先生に話すと)そしたら「君は手が利かないんだ」って。手は拳骨握って殴るだけじゃなくて、指先から肩の付け根のところまで全部利かなきゃならないんだって。特に前腕。我々は前腕の小指側のところしか使わなかったけど、前腕部全体を使わなきゃいけないて言うんです。で、奇妙な感じだなと思っていたら、「じゃあ突いてごらん」ということになって、突いていったら、前腕の腹のところでパッと受けられたんです。我々が空手でいつもやっているような受けでもなければ、体を左右に振ってよけるようなものでもない。今までのものとは全然違う、初めて見るものでした(佐藤嘉道)

(澤井先生の姿勢について)真っ直ぐだね。どんなに体を左右に揺らしても、肚がしっかりしてる(佐藤嘉道)

(王薌齋先生が澤井先生を崩した技について)佐藤師範はこの技を単に引き込むのではなく、意拳太気拳にある「気を入れる」動作だという。これが結果的に引き崩す動きになっていると分析する

(澤井先生の組手は)相手が突いてきたときは前腕を相手の突き腕に差し入れ、封じてしまう。そこから一気に飛び込むような突きではなく、腕は伸ばしきらず細かく足捌きを連続させ打ち込む

澤井先生は相手と対した時も常に足捌きを使うが、攻撃する時も小刻みな足捌きで突きを打つ。前に挙げた手は防御と攻撃を同時に行い、小さな突きの連打は部外者が見るとハッキリした動作ではないため実力を見誤ってしまう

佐藤師範によれば、澤井先生の打撃はほとんどが寸勁であったという。太気拳では寸勁という言い方はしないそうだが、相手と接触した所から打つこの突きを澤井先生は頻繁に使っていたという

外から見ているだけでは気づかず、やられた初めて澤井先生が2度打つことに気づく

(澤井先生の)動きは当然早いものと思えますが、思ったよりはかなり遅いんです。もう、恐ろしくのろいんです。膝蹴りだって、膝がヒョコッと上がる程度なんです。ところが、その膝蹴りを食うと、もう腹が抉れてなくなったんじゃないかと思うぐらい効くんです(高木康嗣)

また、実際に対峙すると先生を打てないんです。それはどういうことかというと、私が「これなら打てる」と思って自分自身GOサインを出すんですよ。すると先生はツツツツッてスライドするように頭が移動する。拳が出かかった所からは、もう軌道修正できませんから。(中略)そんなことを2、3度繰り返すうちに澤井先生の顔がいつの間にか目の前にあるんです(高木康嗣)