名伯楽伝 名指導者から何を学ぶか
印象に残った言葉
澤井先生からは、意拳の稽古以外にも本当に実戦的な指導を受けました。道を歩いている時にいきなりバーンと大きな石を投げてくるんです。その時に「ワーッ」と言ってよけたら、「実際に世の中には、何も言わずにいきなり石を投げてくるヤツがいるんだよ。今『ワーッ』と言ってよけたけどそれが今の君の技なんだよ」と言われました(廣重毅)
澤井先生は、「本当に、王薌齋先生が持っていた気の力を得ることができたなら、私は他に何もいらない」、と何べんも言っていました(廣重毅)
古典的な「練」の練習も、非常に重要。気分を大切にした「練」の練習は、お腹の中の回路を作り出し、手足と身体のつながりを作り、呼吸との繋がりも作る(島田道男)
形で覚えてもどうしようもないでしょう。実技と言っても色々あるわけだから。「手で変化する」ということはあり得ない、体全部で変化するわけだから。空間が大きくなったり小さくなったり、太くなったり細くなったり、そういう変化がある(島田道男)
一方ではそういう気分を感じる練習をやって、もう一方では中の神経を緊張させて足を向けたりする練習や、抵抗力をつけて極限まで緊張させて爆発させる練習をやる。練習していると、身体の中が煮えたぎるようになるわけだ。そういうふうになれば、力を発揮できる。「爆発」というのは要するに瞬間的に力を出すということ(島田道男)
確かに力の具合というのは流れる力もあれば、カッ、カッ、カッと小刻みな力もあるし、それが両方入ってくる場合もある。ただし、ドン! ドン! ドン! と出すものではない。例えば息が腹式呼吸でスーッと続けば長く力を出している間はずっと爆発できるようにする。その中で一気に「ダッ!」と出す動きもあれば、締めながら出し続ける動きもある(島田道男)
空間というのは自分の領域だ。それが自分で意識されていないとダメだ。相手に攻撃する時も、「自分の空間」を維持したまま、空間ごと相手にぶつけていかないとダメだ。空間が無いまま入って行こうとすれば、空間を持っている人にとっては無防備に入っていくのと一緒だ。体全部に神経が行き渡っていないから(島田道男)
格闘技だとみんな半身になって、足も片足ずつ動かしています。足を両方動かす「歩法」が無いんです、歩法があると重心が右と左の足でスムーズに移動するから、変化に対して非常に敏速にできるわけです。半身の立ち方から上下と前後左右の動きができるかというと、できないわけです(島田道男)
相手が打ってきた時も、ただ体を動かしてよけるのではなくて、体全体の力を使って両手で相手の攻撃を崩しながら、体全体の力で自分の攻撃を当てるんです。全然違う世界です。足だけでなく、手もドラムを叩くように、両手が同時にバラバラにもスムーズに動くんです。受け、崩し、攻めの動きを一つの動きとして行うのです(島田道男)